
みなさん、おかげさまです。
明工建設、一級建築士の仁藤衛です。
今日は家づくりから少し離れて、「国のお金」の話をしたいと思います。
ニュースを見ると、よくこんな言葉が出てきます。
「国の借金が増えている」
「財政規律が必要だ」
「将来世代にツケを残してはいけない」
「支出を増やすなら、その財源を示すべきだ」
一見すると、もっともらしく聞こえます。
家庭でも、収入以上にお金を使い続ければ、いずれ困ります。
だから、
「国も同じように節約しなければいけない」
と考えたくなる。
でも、ここには非常に大切な落とし穴があります。
国家の財政と家計には共通点もありますが、同じものではありません。
そして経済が弱っている時に、政府まで家計と同じように支出を減らしたら何が起きるのか。
今日は西郷隆盛、ケインズ、シュンペーターという、一見まったく違う3人をつないで考えてみたいと思います。
なお、これは「財政赤字はいくら増やしても問題ない」という話ではありません。
今の日本では物価上昇、金利、国債市場、人口減少、社会保障なども考えなければならず、2026年の日本経済を単純な「不況だから財政拡大」の一言で語ることもできません。実際、IMFは現在の日本について、国内需要は底堅く、需給ギャップはプラス圏と見ながら、中期的な財政余力の確保も必要だと評価しています。
だからこそ、
「緊縮か積極財政か」という二択ではなく、いつ、何に、どれだけ使うのか。
そこを考えることが大切だと思っています。
■家計と国家を同じにすると、なぜ話がおかしくなるのか
例えば、私の会社の売上が落ちたとします。
そうなれば、
余計な経費を減らそう。
不要な買い物をやめよう。
設備投資を延期しよう。
普通の経営判断です。
家庭でも同じですよね。
収入が減った。
外食を減らす。
旅行をやめる。
車の買い替えを先送りする。
一人の家庭だけなら、それは合理的です。
ところが、日本中の家庭と会社が一斉に同じことをしたらどうなるでしょう。
外食産業の売上が減る。
旅行会社の売上が減る。
自動車会社の売上が減る。
売上が落ちれば、企業は給料や投資を抑える。
すると、また消費が減る。
これが、
「自分一人には正しい行動でも、全員がやると全体では悪い結果になる」
という問題です。
ケインズ経済学で有名な「節約のパラドックス」や、より広い意味での「合成の誤謬」と重なる考え方です。
IMFのケインズ経済学の解説でも、不況期に家計が支出を減らすと企業投資も弱まり、総需要不足が長引く可能性があり、その場合には政府支出が景気安定化の役割を持つと説明されています。
■「みんなで節約すれば国が豊かになる」とは限らない
ここが面白いところです。
家計では、
貯金=将来への備え
です。
ところが経済全体で見ると、
誰かの支出は、
誰かの所得
でもあります。
私が100万円でリフォームを頼めば、その100万円は消えてなくなるわけではありません。
大工さん。
設備屋さん。
材料会社。
運送会社。
さまざまな人の売上や給料になります。
その人たちがまた買い物をすれば、次の所得になる。
これが経済の循環です。
だから不況期に、
家庭も節約。
企業も投資を削減。
政府も支出削減。
となれば、
全員でブレーキを踏む
ことになります。
これは車でいえば、アクセルを踏む人が誰もいなくなる状態です。
■では「政府の赤字=民間の黒字」は正しいのか
この言葉もよく使われます。
基本となる国民経済計算では、
政府部門。
国内民間部門。
海外部門。
これらの収支は相互に対応します。
したがって、一定の条件の下では政府の赤字が、民間や海外部門の金融黒字と対応することになります。
ただし、
「政府が赤字を増やせば、その分だけ必ず国民一人一人が豊かになる」
という意味ではありません。
海外との収支もあります。
政府が何に支出するかでも効果は違う。
所得配分も違う。
輸入へ流れる可能性もある。
インフレになる場合もある。
ですから、
「政府赤字=悪」
も単純すぎるし、
「政府赤字=全部善」
も単純すぎます。
会計上の関係と、政策として何が望ましいかは分けて考える必要があります。
■ケインズが本当に言いたかったこと
ケインズの重要な発見は、
市場経済は、
いつでも自動的に完全雇用へ戻るとは限らない
ということでした。
景気が悪い。
企業は投資しない。
家計も使わない。
すると需要が減る。
需要がないから企業はさらに投資しない。
こういう時、
「市場に任せていれば、そのうち戻る」
では、失業や倒産が長引く可能性がある。
だから政府が需要を補う。
公共投資をする。
減税をする。
給付する。
そして民間経済が再び動き出すまで支える。
これがケインズ的な発想です。
ただしケインズ経済学も、
いつでも、どんな状態でも支出を増やせ
と言っているわけではありません。
インフレが強い時。
供給能力が限界に近い時。
人手不足の時。
そういう場面で需要だけ増やせば、物価上昇を強める可能性があります。
財政政策は景気の状態によって使い分けなければならない。
ここが大事です。
■今の日本は「デフレ真っただ中」とは言い切れない
これも、現在の記事として書くなら非常に重要です。
1990年代後半から長く続いた日本の低成長・低インフレの経験と、2026年の日本をそのまま重ねることはできません。
日本銀行は2026年7月時点で、日本経済は緩やかな成長を続けるとの見通しを示す一方、原油高や円安などを背景として物価上昇率が再び2%を明確に上回る可能性を示しています。
IMFも、2022~2025年に実質賃金が累計で低下したことを指摘する一方、現在の需給ギャップはプラスであり、財政をさらに大きく緩めることには慎重です。
つまり今必要なのは、
昭和の高度成長期と同じ政策でもなければ、90年代後半と同じ政策でもない。
今の現実を測りながら判断する。
これなんです。
■1997年の消費税増税だけで日本の停滞を説明できるのか
1997年の消費税率引き上げを、日本経済の長期停滞と結びつける議論があります。
確かに、アジア通貨危機や金融不安などが重なった時期に増税が行われ、家計負担や需要への影響を問題視する議論は長くあります。
しかし、
「1997年の増税だけが日本のデフレを生んだ」
と断定するのも単純化です。
金融危機。
不良債権。
資産価格崩壊。
人口動態。
生産性。
雇用制度。
世界経済。
金融政策。
複数の要因が絡んでいます。
歴史も経済も、
一つの悪者を決めると分かりやすくなる代わりに、本質を見失う。
これは私が歴史の記事でも何度も申し上げてきたことです。
■ここでシュンペーターです
ケインズが、
「需要不足をどう立て直すか」
を考えた人だとすれば、
シュンペーターは、
「経済はどうやって新しく成長するのか」
を考えた人として見ると分かりやすい。
有名なのが、
イノベーション
そして、
創造的破壊
です。
新しい技術。
新しい商品。
新しい市場。
新しい生産方法。
新しい組織。
これまでになかった「新結合」が経済を前へ動かす。
そして、その新しい挑戦を可能にするうえで、銀行による信用供与をシュンペーターは重視しました。
ECBもシュンペーターの思想について、銀行信用が技術進歩や経済発展を支える重要な役割を持つという考え方を紹介しています。
■未来へ投資しない国は、本当に「堅実」なのか
ここで一つ質問です。
借金を減らすために、
道路を直さない。
橋を直さない。
学校へ投資しない。
研究開発を減らす。
送電網を更新しない。
防災設備を後回しにする。
人材教育を削る。
これで国の帳簿が一時的に良くなったとします。
それを、
「財政健全化に成功した」
と言えるでしょうか。
私は住宅会社なので、どうしても家に置き換えてしまいます。
屋根が傷んでいる。
でも修理代がもったいない。
10年間放置する。
確かに、その年の家計支出は減ります。
でも雨漏りして、
構造材まで傷めば、
最後はもっと大きなお金が必要になる。
つまり、
「支出を減らすこと」と「経営が上手いこと」は同じではない。
国も会社も家も、
何にお金を使ったか
が重要なんです。
■「使う財政」と「浪費する財政」は違う
だから私は、
積極財政か緊縮財政か、
という言葉だけでは足りないと思っています。
100兆円使った。
それだけでは評価できない。
何に使ったのか。
その支出で、
生産能力は上がったのか。
技術者は増えたのか。
災害に強くなったのか。
エネルギー自給力は上がったのか。
研究開発は進んだのか。
企業が投資しやすくなったのか。
これを見るべきです。
私はこれを、
「消費する財政」と「供給能力をつくる財政」の違い
と考えています。
■ガソリン・電気・ガスは単なる家計負担ではない
エネルギー価格が上がると、
「家庭の電気代が上がって大変ですね」
という話になります。
もちろんそれもあります。
でも企業にとっては、
製造コスト。
運送コスト。
冷暖房費。
原材料費。
全部に跳ね返ります。
つまりエネルギー高は、
国全体の供給能力を削る可能性
があります。
だからエネルギー補助策には、
生活支援という側面と、
産業の急激なコスト上昇を和らげる側面があります。
一方で、補助を長期間固定化すると価格シグナルを弱めたり、財政負担が続いたり、省エネ投資を遅らせたりする可能性もあります。
実際、IMFは2026年の日本について、生活コスト上昇への支援は対象を絞り、一時的なものとし、エネルギー補助金を恒久化しない方向を勧告しています。
ここも、
補助金=善。
補助金=悪。
ではないんです。
■大切なのは「補助した後、何を残すか」
例えば電気代が高いから、
毎年補助金を出す。
もちろん緊急時には必要な場合があります。
でも10年後も同じ補助を続けているだけなら、
根本問題は残ったままです。
だったら、
発電設備。
送電網。
蓄電池。
省エネ。
断熱改修。
産業設備。
エネルギー効率。
こうしたものへ投資して、
「少ないエネルギーで同じ豊かさを実現できる国」
をつくる。
私はそこまでやって初めて、
シュンペーター的な意味でも未来への投資になると思います。
■そして、西郷隆盛です
ここから西郷さんの話です。
今回いただいた文章には、
「会計を出づるを量りて入るを制す」
という趣旨が紹介されていました。
ただ、『西郷南洲遺訓』の原文はむしろ、
「入るを量りて出づるを制する」
です。
つまり、
収入を見極めて支出を制御する。
一見すると、
「西郷さんは緊縮派だったじゃないか」
と思いますよね。
ところが、その後が重要です。
西郷は、支出が膨らんだからといって、その穴埋めのために民から無理に税を取り立てれば、国力そのものを疲弊させると警告しています。
ここが深い。
■西郷隆盛が見ていたのは「帳簿」ではなく「国力」
税収を増やした。
予算を黒字にした。
数字だけなら成功に見える。
でも、
農民が疲弊した。
商売が立ち行かなくなった。
国民が将来を悲観する。
子どもを育てられない。
設備投資できない。
地域が衰退する。
それで本当に国家財政は健全なのでしょうか。
西郷が警戒していたのは、
帳簿を合わせるために、帳簿を支える国民そのものを弱らせること
だったと私は読みます。
経世済民。
世を治め、
民を救う。
経済という言葉の源流にもつながる思想です。
■家を守るために、家族を苦しめたら本末転倒
これも住宅に置き換えると分かりやすい。
住宅ローンを返すために、
冬でも暖房禁止。
夏でもエアコン禁止。
食費を極端に削る。
病院にも行かない。
それで家計簿だけきれいになった。
でも家族が倒れた。
これでは、
何のために家を建てたのか分かりません。
国の財政も、
国民生活を守るために存在するはずです。
ただし逆に、
将来返せないほど無計画な約束を積み上げ、インフレや金利上昇、制度不信を招いても国民生活は傷つきます。
だから必要なのは、
「支出を削る覚悟」だけでも、「支出を増やす勇気」だけでもない。
大局を見ることだと思います。
■では、なぜ優秀な官僚や政治家でも判断を間違えるのか
これは、
「頭が悪いから」
ではないと思います。
むしろ優秀だからこそ、
自分が与えられた目標を正確に達成します。
例えば、
財政赤字を減らせ。
予算を守れ。
税収を確保しろ。
そういう組織目標を与えられれば、その範囲では非常に合理的に行動する。
でも、
部分最適と全体最適は違います。
これも「合成の誤謬」と似ています。
財政当局から見れば支出削減は成功。
企業から見れば需要減少。
地方から見れば公共事業減少。
家庭から見れば負担増。
国家全体で何が起きるのかは、別の問題です。
■「大手メディアは財務省の言いなり」なのか
ここも慎重に考えたいところです。
新聞やテレビの経済部が財務当局から多くの情報を得ていることは、行政取材の構造上不思議ではありません。
しかし、
「だから大手メディアが財務省の意図どおりに国民を誘導している」
とまで断定するには、個別の記事や編集過程を示す証拠が必要です。
一方で、記者クラブ取材、官庁発表への依存、専門家の選び方、財政問題を「家計」に例える報道などが、議論の枠組みを狭めていないかを検証する価値はあります。
私たち読者がするべきことは、
「新聞だから正しい」
でも、
「新聞だから全部嘘」
でもありません。
複数の視点を見ること。
これだと思います。
■「将来世代へのツケ」という言葉にも、二つの意味がある
国債残高を増やすことだけを、
将来世代へのツケ
と考える人がいます。
でも未来へ残すものは負債だけではありません。
道路。
橋。
学校。
研究成果。
発電所。
送電網。
防災施設。
技術。
人材。
企業。
これも将来世代へ残ります。
一方で、
利払い負担。
非効率な制度。
維持できない施設。
インフレ。
税負担。
これも残る可能性があります。
だから問うべきなのは、
「借金を残すか、残さないか」だけではなく、「負債と一緒に何を残すのか」
ではないでしょうか。
■これこそ家づくりと同じです
35年ローン。
これは負債です。
でもその借金で、
地震に強い家。
少ないエネルギーで暮らせる家。
太陽光で電気をつくる家。
長期間快適に暮らせる家。
メンテナンスしやすい家。
資産として残る家。
を手に入れたなら、
負債だけ見て評価できません。
逆に、
安いからと性能を削り、
10年後から光熱費と修繕費が大量にかかる家なら、
最初の借入額が小さくても本当に得とは限らない。
要するに、
「いくら借りたか」ではなく、「そのお金で何をつくったか」。
国家も住宅も、私はここが一番大切だと思っています。
■仁藤流の結論。「財政規律」の反対は「無規律」ではない
積極財政を主張すると、
「借金をいくらでも増やせと言うのか」
と言われる。
財政健全化を主張すると、
「国民を貧しくするのか」
と言われる。
私は、この二択自体が少し違うと思っています。
必要なのは、
経済の状態を見て、国民の供給能力を強くするところへ、必要なだけ資源を振り向けること。
不況で需要が足りないなら、政府が支える。
災害なら、ためらわず出す。
インフラが壊れているなら、直す。
研究開発が必要なら、投資する。
人材が必要なら、育てる。
一方で、
インフレが強い時。
供給能力を超えて需要が膨らんでいる時。
非効率な支出が積み上がっている時。
そこでは支出の見直しも必要です。
つまり、
財政政策とは家計簿を黒字にする競争ではなく、国民経済を持続可能にするための設計
なんだと思います。
■西郷・ケインズ・シュンペーターは、意外なところでつながる
西郷隆盛。
ケインズ。
シュンペーター。
時代も国も全く違います。
でも今回、私には一つの共通点が見えました。
西郷は、
民を疲弊させて帳尻を合わせるな
と警告した。
ケインズは、
民間が一斉に縮んでいる時には、政府まで縮んではならない
という経済の仕組みを示した。
シュンペーターは、
未来の経済は、新しいことへ挑戦する投資と信用から生まれる
と考えた。
結局、三者に通じる問いは、
「お金を守ることが目的なのか。それとも、お金を使って社会を守り育てることが目的なのか」
ということではないでしょうか。
お金は目的ではありません。
経済も数字だけではありません。
その向こうに、
働く人がいる。
家族がいる。
企業がある。
地域がある。
そして未来があります。
私は建築屋ですから、最後はやっぱりこう思います。
家も国家も、
帳簿の数字だけでは守れない。
未来を見ながら、
今、どこへ投資するのか。
何を残すのか。
どこは節約し、
どこだけは絶対に削らないのか。
それを考えることが、
本当の「経世済民」なのではないでしょうか。
家づくりでも同じです。
安くつくることだけが目的ではない。
高い設備をたくさん付けることでもない。
30年、40年先に、
「あの時ここへお金を使っておいて良かった」
と思えるところへ、きちんと投資する。
構造。
断熱。
気密。
換気。
エネルギー。
そして家族の安心。
私は、そこだけは削ってはいけないと思っています。
未来の支出を恐れて今を壊すのでもなく、今だけを喜ばせて未来へ問題を送るのでもない。
西郷隆盛が言う「大局を見る」ということを、私はそう受け取りたいと思います。
ご縁を大切に唯一無二の家造り。
住んでからがお付き合いの始まり。
おかげさまでありがとうございます。
お読みいただき、ありがとうございます。
もし今回の内容に少しでも共感いただけたなら、
こちらもきっとお役に立てると思います。
明工建設が選ばれる理由とは?
第1位 住む人の幸せを考え抜いた高性能住宅

明工建設の家は強い方が売れる、省エネだから売れる・・・
そんな安っぽい理由で、住宅を高性能にしているわけではありません。
高性能な家に住んでもらった先にある『家族の幸せ』を手に入れてもらいたいから高性能にしているのです。
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明工建設の考える住宅は、住むだけでお金が貯まります。
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第3位 売ることが仕事じゃない!お客様のありがとうを考えるご提案

明工建設は住宅を売ることを仕事だと考えていません。
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その対価としてお金を頂く。これが明工建設のポリシーです。
第4位 最新の技術提供なのに、圧倒的なコスパを実現

M-THE BESTに代表されるように、明工建設の家は常に最新の技術を提供します。
それなのに誰もが納得、いやそれ以上のコスパの良さで皆様に選ばれています。
それを実現出来るのは、圧倒的な仕入れ力と無駄なお金を使わない工事力があるからです。




